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Kiira Korpi Interview on Apu-magazine/雑誌「Apu」のインタビュー(1)

キーラ・コルピが模索する、自分なりのトップへの道

 アイスホッケーの街・タンペレよりも、海外のほうがトレーニングをするには条件がいいと知っているにもかかわらず、キーラ・コルピは地元ピルカンマー地方から出ようとはしていない。この若き氷上のプリンセスは、とても強い意志を持っているので、何も彼女を振り返らせることはできない。彼女は学校を卒業したいとも思っているが、それもこの街・タンペレのである。
 いつもなら、夏に一度はサルカンニエミ遊園地で新しい乗り物をチェックするキーラ・コルピだが、去年はこの楽しみを見送らなければならなかった。そして、今年の夏も行けそうにない。まず6月には所属クラブ、タッパラ・タンペレ主催の2週間のトレーニングキャンプがクオルタネで行なわれ、その後、彼女はロシア人のコーチのもとでトレーニングをするためにエストニアのタルトゥへ旅立つ。7月には、彼女は多分スペインへ行く。
「自動車の教習所へも通い始めようとしてるの。暖かくなってきたら、プーニッキ・ビーチか、ヴェシラハティにある祖父母のコテージに泳ぎに行きたいわ。もし時間があったら、いっぱい本を読みたいし、映画にも行きたい。ファンタジーが好きで、ハリー・ポッターがお気に入りなの。クリスマスプレゼントにもらった”The Egyptian“(邦題「エジプト人」)を読みはじめたいわ」
5月末は年度末テストの期間だが、その前に、日本で行なわれた国際招待大会に出場した。2、3日の滞在で日本を見て回る機会はなかったが、すべての経験が日本で行なわれる来年の世界選手権への出場を切望させた。
「カルガリーの世界選手権で、日本へ行きたいかどうか聞かれたの。彼らは、新人や将来を期待されている人たちを参加させたいと言っていたわ。行ってみたら、本当の大会というよりはショーだったし、新人たちでもなかったけど。時期も私にとって少し微妙だったの。5月は来期への充電期間の始まりだから。でも、そこにいたすべての人は最高だったし、すべてはうまくいったわ」
20,000席がすべて売り切れ、観客はすべての選手を分けへだてなく応援した。キーラは日本でもファンがいるので、フィンランドの国旗を振る観客は多かった。しかし彼女は、日本にはすべての選手のファンがいるし、一番人気があるのはムーミンたちよ、と謙遜する。
「ファンの行動はまるで違うわ。日本のファンたちは、取り乱して追いかけてくる。でも、とても礼儀正しくもあるの。しきりに”Thank you. Thank you. Thank you.” って言うわ。日本のサッカーチームも同じホテルに泊まっていたから、本当に数百人のファンたちがいたの」
選手たちが大きなショッピングセンターのトークショーに招かれたとき、ファンたちはアイドルへの贈り物にチョコレートやCDを買った。
「しかも訪日前にクラブ宛で届いた小包があって、辞書、ガイドブック、CDや練習用の手袋などが入っていたの」

キーラには、自分だけのアイドルがいる

「私は長い間、ミシェル・クワンがすばらしいと思っていたの。スザンナ・ポイキオとエリナ・ケツネンもね。彼女たちと同じ大会で滑るなんて、おかしな感じよ」
完璧なヘアメイクをした彼女をテレビで見るとき、キーラの年齢を思い出すのが難しいこともある。普段着でハカメサのアイス・スタジアムから自宅まで自転車で通う姿を見れば、自信に満ち、成熟した氷上のプリンセスは、17歳のにこにこした女子高生であることに気づくことができる。
「ナイトクラブには行かないの。入れないからっていうのもあるけど、関心もないわ。どこでもダンスはできるし、すてきなホームパーティの方が好きなの。もちろん、時には遊びに出かけるけど、お酒はいらないわ」とキーラは言う。
彼女は、トレーニングキャンプや大会がなければ、週末に友達と会う時間は十分あると考えている。
「学校でもほとんど毎日会っているしね」
友達、学校、家族、そして周りの人たちの存在が、キーラをタンペレに留まらせている。世界クラスのコーチから訓練を受けるために海外へ拠点を移すことも考えていない。
「去年の夏はアメリカで6週間トレーニングをしたの。世界選手権が終わったいま、引っ越して来るかどうか電話で聞かれたわ。私は行かないの。すばらしいコーチたちがいるのに、ここを離れるなんて。私は、トップを目指す自分なりの方法を見つけたいと思っているし、私のような個人のスポーツ選手にとってサポートのネットワークはとても大切なの」
ここフィンランドよりアメリカの方がトレーニングの環境がはるかによかったとしても、キーラはそのことについて不平を言うことはない。
「タンペレはホッケーの街だから、フィギュアスケート選手が十分にリンクを使える時間は少ないの。たとえアメリカの選手たちが自分たちのスケート場をもっていたとしても、私はフィンランド人のひとりとして、フィンランド人たちと共に練習するわ」
そして、キーラが本当に卒業したいと思っている、その学校がある。彼女は2年以内に大学入学資格試験を受けるはずだ。
「卒業したら、スケートを続けながら勉強ができるところを探さないと。子供のころは医者になりたかったけど、現実的な選択肢じゃないと思うの。第一に医学部の勉強はとても厳しくて学校みたいだし、第二に物理や生物の授業をあまり受けていないから。いつかはスポーツ関係の仕事を見つけると思うけど、コーチには絶対にならないわ」
(後半へ続く)
Photo: Seppo J. J. Sirkka
訓練での経験「重傷を負ったことはないの。3年前にスイスで、ほかの選手のブレードで脚を切ってしまって。その時は何針か縫ったけど」とキーラは思い出す。
[photo caption] Cultivating experience. – I haven’t suffered any serious injuries. Three years ago in Switzerland another skaters blade cut a wound on my leg, and it required several stiches, Kiira recalls.


Interview on Apu-magazine 15.06.2006
(Text by Raija Alanen, English translation by Ville)

Kiira Korpi wants to find her own way to the top

Even though Kiira Korpi knows that the training conditions abroad are better than in the Hockey-town of Tampere, she is not planning to move out from Pirkanmaa. The young ice-princess has such a strong will that nothing can turn her head. She also wants to finish her school and to do that in Tampere.
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